Wpis: 同時代に生れ&#
Data dodania: 2013-12-10
同時代に生れ出た詩集の、一は盛《さか》へ他は忘れ去られた。「若菜集」と「抒情詩」。「若菜集」は忽ちにして版を重ねたが、「抒情詩」は花の如く開いて音もなく落ちて了つた。 島崎氏の「若菜集」がいかに若々しい姿のうちに烈しい情※[#「執/れんが」、399-上-7]をこめてゐたかは、今更ここに言ふを須《もち》ゐないことではあるが、その撓《たゆ》み易き句法、素直に自由な格調、從つてこれは今迄に類《たぐひ》のなかつた新聲である。予がはじめて「若菜集」を手にしたをりの感情は言ふに言はれぬ歡喜であつた。予が胸は胡蝶の翅《つばさ》の如く顫《ふる》へた。島崎氏の用ゐられた言葉は决して撰《え》り好みをした珍奇の言葉ではなかつたので、一々に拾ひ上げて見れば寧《むし》ろその尋常なるに驚かるゝばかりであるが、それが却《かへつ》て未だ曾て耳にした例《ためし》のない美しい樂音を響かせて、その音調の文《あや》は春の野に立つ遊絲《かげろふ》の微かな影を心の空に搖《ゆる》がすのである。眞《まこと》の歌である。島崎氏の歌は森の中にこもる鳥の歌、その玲瓏の囀《さへづり》は瑞樹《みづき》の木末《こずゑ》まで流れわたつて、若葉の一つ一つを緑の聲に活《い》かさずば止まなかつた。かくして「若菜集」の世にもてはやされたのは當然の理《ことわり》である。 薬剤師を通さ&#